Spin Me Round / Roxy Music

ブライアンフェリーとの出遭いは中学2年生の時。とある土曜日、学校から帰宅して何もすることが無く、たまたまテレビのチャンネルを回していたら、フェリーの日本公演を収めたビデオを見たのが最初である。1975年、ロキシーミュージックが活動休止時で、フェリーがソロツアーをやっていた時期の話だ。当時まだ思春期真っ盛りだった私はアメリカンハードロックに目覚めてロックの持つファッションや暴力性に憧れていた時代。その音楽はエキサイティングで疾走感のあるもので無ければならず、見た目にも自分には出来ない男らしさとかカッコ良さが無ければならなかった。
あの時フェリーを見たのもロックコンサートと紹介されていた(たぶん)からだったのだが、その内容は?と言うと、長髪とまではいかない髪が目の上に垂れ下がり、汗だくになってマイクに口を付けた歌手が息も絶え絶えの表情でこねくり回しながら喘いでいる、と言ったもの。薄目を開けて『トキヨージョオ〜』と歌うこの『ロックシンガー』をもちろんマイ・ヒーローだなどと思うはずも無く。むしろ脇でクールにエレキギターをかき鳴らしていたクリススペディングの方がロックスターのそれっぽさを感じて強く印象には残っていたほどであった。リーゼント・革ジャン・レザーパンツにエレキギターと言う硬派のイメージが弱虫だった私にはよっぽどカッコ良く感じたものである。
要するに当時の私にブライアンフェリーのダンディズムとか美学の追求は全く興味の対象外だった。それから数年に渡ってフェリーにはポップになり切れない端切れの悪い曲を思い入れたっぷりに粘っこく歌うヴォーカリストと言うイメージを自ら植え付けてしまうことになった。その後時が経ち、高校3年生になった頃から次第に視野が開けて様々な芸術表現を理解するようになってブライアンフェリーへの見方聴き方にも転機が訪れたのだが、それでも尚、フェリーの世界を愛している今の自分でさえも、彼独特の歌唱表現とかステージアクションにある種の気恥ずかしさを感じたり、『解る人だけ解れば良い』と言った消極的な紹介になりがちなのは遠い思春期に経験したアンチヒーロー像が邪魔をしているからかも知れない。
ブライアンフェリーはとてもお洒落な人である。だがダンディな外観とはうらはらに、その歌い方やステージアクトは二枚目の容姿からは想像もつかないほどエモーショナルで奇妙なものだ。まぁお歳を召してかなり奇抜な歌唱やアクションは影を潜めた感はあるが、特に若かりし頃のフェリーには『変』なところ、憧れてるこちら側にとってやって欲しく無いことをも必要とあらばやってしまうと言う危うさが常につき纏っていたように思われる。考えてみれば彼に付けられた代名詞、『ミスターダンディ』ですら、ひょっとしたらからかい半分だったのでは無いかと思えるほどだ。でもそれこそがブライアンフェリーの魅力なのだと思う。決して世相流行に流されず、自分の追い求めるただ一つの愛をいかようにしてでもものにしてみせようとするストイックな表現力。『商業的成功より芸術的勝利』を重んじる彼の真摯な姿勢はかりそめの勲章である『ダンディズム』を超えて、私のハートを今夜も虜にし続けているのである。40年近くも1人のロック歌手の歌に殆ど毎日親しんで来たなんて、これ程愛せるアーティストが居ることを告白するだけで、この人の作品の奥深さを知って貰える手助けになるはずだ。

『Spin Me Round』。アルバム『Manifest』の最終曲にして地味ながら聴くものを夢の世界に誘うような素敵な響きを持つこの曲をぜひ一度聴いて見て欲しい。

A Song For Japan

日々の創作日記とお気に入りの音楽など。

0コメント

  • 1000 / 1000