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特別ジャンルは問わないけれど、『もう日本は駄目だ』とか『ここには可能性が無い』とか『日本から逃げ出したい』などと言ってる人に共通するキーワードがある。『過去』である。今ここで生かされながら、この環境を築き上げてきた先達を(ご自分にとって)間違った方向へ導いた諸悪の根源と断罪し、自らの恵まれない出自を強調しつつ、周囲に不安と絶望の種を蒔くような物書きばかりやっている。実はこういう輩はかつて経済成長に邁進していたこの国にもその時代時代において常に社会を呪詛し続けてきた変わり者の末裔なのだ。成長期には人間性不在の世相を批判し、停滞すればするで先進性の喪失などと誠に安直で都合の良い批判を繰り返し、実現不可能な完全案を申し訳程度に書き加えて、自身の消極性を覆い隠す隠れ蓑にしている。
そして彼ら彼女らが主張の拠り所にしているのが幼少期・少年少女時代に過ごしたとされる自らにかけられた不文律だ。
人格形成期に家族愛を受けられなかったとか、社会で阻害されたとか、天災だか人災だか様々な理由で心に深い傷を負った、当然得られるべき恩恵に預かれなかったと言うエピソードが必ずと言っていい程、話の冒頭で語られる。それによって今ある自分に博を付け、主張する後ろ向きなぼやき話に説得力を持たせようとする極めて狡猾な方法だ。
『駄目だ』から出発して人の共感を得られるとはにわかには信じ難い話だが、特に最近ネットで氾濫している時事放談みたいな記事にはこのようなユーザーの意見がまるで正論でもあるかのように幅を効かせているのは事実である。
生きている以上は楽しく行きたいものだね。それは別に金持ちだから貧乏人だからなど関係無いとは思うんだよ。何も自分だけが苦労背負って来た訳では無い。今の時代、誰しもそれぞれに苦労は背負ってる。でも苦労をプラス思考に変えて前向きに生きていたら絶対『駄目だ』みたいな発想にはならないはずだ。幸せは金銭じゃ無い。『今』を懸命に生き、明日の喜びを期待してポジティブに過ごす。これさえあれば未来はいかようにしてでも開かれているし、少なくとも右肩下がりで転落するなどあり得ないよ。先ずは『今』の自分を体現したい。『過去』なんてどうでもいい。私は『今』の自分と貴方が見たいのだ。『今』を脚色するために『過去』を引き合いに出しても、結局『今』の自分が魅力的で無ければそれは単なる負け組にしか映らないからである。

A Song For Japan

日々の創作日記とお気に入りの音楽など。

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