Angel eye

最近の若い女性が綺麗になったと感じるのは私だけだろうか。昨今は特にマスク効果も手伝ってかお洒落に着飾った彼女達にはモデルと見紛うような容姿に見える出遭いも少なくない。生活スタイルの変化で手脚も伸びて、衣装や靴のせいもあるのだろうがそのプロポーションには隔世の感を覚えるほどである。まぁ流行が画一であることは今も昔も大差なく、いくつかのパターンはあるにせよ、どの女の子も似たような格好をしていることは仕方ないのだが。
でも何故だか不思議と色気を感じることがないのは不思議だ。綺麗には見えても美しさを感じないのだ。綺麗と美しさは一見同義にも捉えられがちだが、単に綺麗なのと美しさと言うのは外見だけを指す場合が綺麗、内面から滲み出た魅力を伴うのが美しさと考えればその僅かな違いを解って頂けるのではないか?と思っている。そしてこの僅かな差に色気のある無しが宿っているのだとも思う。
異常に整った容姿は言わば人形の美と同じである。現代の万人受けがこれだ!と言われりゃ返す言葉がないが、多少個性的である方が選ぶ側にすればより思い入れは強いだろう。確かに綺麗に越したことはないが、そこに可愛らしさとか知性的であるとか健康的であるなど付加価値をのぞかせていれば彼女達はもっと魅力的に映ったのかも知れない。ただそれもこれも綺麗になり切れなかった古い時代の尺度で計っている私の僻みで現代的感覚が理解出来なくなっているのも確かには違いない。
それでもやっぱり女性は綺麗に装うことより内面も含めた美しさで勝負して欲しいと願うのは男性的な虫の良い欲望なのだろう。

A Song For Japan

日々の創作日記とお気に入りの音楽など。日常と非日常を行き来する奇妙な世界をお楽しみ下さい。

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