Warning Signe

特にSNSでは相手の実態が不透明なので限られた情報で判断するしか無く、時として性別さえもよく解らない人のアカウントに出会うことがある。人となりなども書き込みだけでにわかには信じ難い。全体として言えることは実物より誇張・脚色された人間像を見ているであろうと言うこと。すでに著名人であるならともかく、普段スポットライトを浴びることの無い一般人がはっきり正体を明かさず不特定多数のユーザーの前に現れる際には外見、日常生活、仕事などにある程度下駄を履かせてより良く飾ろうとするのは誰しも人気欲・出世欲がある以上は無理からぬことだと言える。私も含めて彼ら彼女らは決して自分を偽っているつもりは無いのだ。でも例えばプロフに載せる経歴に多少なりとも誇れるものがあれば積極的に紹介したり、自分が一番魅力的に見える部分部位を思わせぶりに擦り込んだりして人の興味を引こうとするのは別に嘘をついて騙そうと言うような悪意とは考えていないのが普通である。またそれはそれで各自のアカウントがより華やかに、ミステリアスに彩られるなら、日頃の憂さ晴らしや被害妄想で埋め尽くされている生臭いものより遥かに面白く感じるものだ。
ただここで留意して起きたいことが一つある。それは自分がそこでやろうとしていることと他人が追い求めていることには必ずしも相容れられる接点ばかりでは無いと言うことだ。例えば私がフィーリングを大切にするタイプだったとしたら、連続性とかその過程を大切にする求道タイプの人とは根本的に物事を見る際のスタンスに違いがあることを承知した上で接した方が良い。世の中には理論に重きを置いて事物に向かう人も居ればその時々の感覚を重視する人もあるし、もちろん内省派、行動派と実に様々な人達で構成されていて、お互いにそれらを尊重した上でお付き合いしていかないと、思わぬトラブルに遭遇することにもなりかねないのだ。
もちろんそのやり方は人それぞれだと思うし、相手の目線に並び立つ努力をすることも、過度に相手の懐へ入り込まないこともそれら入り決して間違いでは無い。しかし決して正解も無いことをわきまえて節度を保って行動しておけば、結局自分を見失わずに永く続けられることに繋がるし、未来を拓くチャンスを与えてくれると考えている。

A Song For Japan

日々の創作日記とお気に入りの音楽など。日常と非日常を行き来する『北村工女』の奇妙な世界をお楽しみ下さい。

0コメント

  • 1000 / 1000