Shining Venus

正業の配達中、とある公園の高台に立つ若い女性の彫像を見て、大空を望む絶好のロケーションと健康的な彼女の肢体に惚れ込んで記憶の片隅にでも残したいと考えて制作した影絵である。実は途中まで制作しながら永くお蔵入りさせていた鉛筆画なのだが、思うところがあって加筆・完成させたものだ。大きく腕を拡げて朝夕の清純な空気に身を委ねるというのがこの彫像のコンセプトだったのだろう。私もそれを強く意識して出来得る限りの開放感と喜びを表現することに集中したつもりである。作品の出来不出来に関係なく、私は私なりに想いの詰まった作品となった。

最近様々な機会で目にする他の作家の作品を見て何故かこの絵を特別な目で見るようになった。技術と感性、そして個性である。技術だけを見るなら明らかに私より優れている人はそれこそ星の数ほどあるだろう。また作者や作品を見る基準が技術重視にある人も大勢居ることも重々承知しているし、それを否定する気も毛頭ない。だが技術だけで物事を評価することへの物足りなさを世相の中に見ていた私は、あるSNSに投稿されているアマチュア作家の個性的なクレヨン画に親しんでいる内に、表現の仕方の多様性、技より感性に訴える内面的な作品を見て、失敗作として放置していたこの影絵に生命を吹き込む契機を与えられたような気がして来たのである。技術を競うのは職人技、芸術表現には千人十色の個性があって良いはずだと思うし、それで無ければ芸術が生活に潤いを与えるような自由な発想は生まれないと確信している。創作の世界が雲の上の人ばかりで支配する特殊な世界はそれを拝見することで満足を得るなら価値があるかも知れないが、それと同時に広く大衆が参加出来る活躍の場も無ければ、私の創作に対する見方や姿勢は今とは随分違ったものになっていたに違いない。本当に今はそう思っている。

A Song For Japan

日々の創作日記とお気に入りの音楽など。日常と非日常を行き来する『北村工女』の奇妙な世界をお楽しみ下さい。

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